No name 2



あの時、確かに自分達は友達になったと思ったのに。
ゼルがまた溜息を吐く。
それなりに会話を交わすようになってみると、スコールは思った以上に優しい男だった。
そして思った以上に、不器用な男だった。
休日、一緒に行こうと誘った映画館で、ウトウト眠るスコールに気付いた。つまんなかったか、と後から
聞くと、スコールは困ったように「そうじゃない」と答えた。ただ、朝方、つい四時間前に任務先から
帰ってきたばかりだから、と眼を伏せながら言う。
「・・・・ちょ!じゃ、全然寝てねぇんじゃん!!何で言わねぇんだよ!!なら無理に誘わなかったのによ!!」
驚いてそう詰め寄った。
「・・・別に。そんなのは俺の事情だ。お前には関係ない。」
スコールが無愛想に言い放つ。そのまま無言で十歩程歩いたかと思うと、スコールはふいに何かに気づいた
ようにピタリと足を止めた。そしていきなり、酷くたどたどしい口調で話し出した。
「・・・・その、そう言う意味じゃない。ただ、俺は・・・俺も、この映画が見たいと思ってて・・・そしたら、
お前が誘ってくれて・・・だから、そう言う意味じゃない・・・」


遅。


呆気に取られながらスコールの顔を見上げた。
遅。言い訳遅ぇよこいつ。何だこの溜めの長さは。1テンポどこか、3テンポくれぇ遅ぇよ。
うーん、と眉を顰めて思った。
つか、このタイミングの遅さとたどたどしさから見るに、こいつこの手の言い訳したの初めてだな。
自分の気持ち、誤解されないように判って貰おうとしたの、多分初めてに違いねぇ。
思わず溜息が出た。
これじゃきっと、誤解されまくりだったに違いねぇ。こんな顔も頭も無駄にいい奴が、実は口下手なんて
誰も思わねぇもんな。「人を見下してる」って、言われる訳だぜ。

しかも言われてよく見れば、スコールの目元はまだ眠たげに薄く赤みを帯びて腫れていた。
一日どこじゃない。きっと二・三日くらい十分に寝てないに違いなかった。
そもそも、考えてみればこの「俺も観たかった」発言だって怪しい。全三部作の映画の第二作目。一作目を
知ってるか、と聞いた時に、「いや。知らない。」とあっさり言ってた。
その後も別に、観たいとも何とも言ってなかった。それなのに第二弾だけは観たいなんて、不自然だ。
多分、いや、絶対自分に合わせてそんな事を言ってるに違いない。
要するに、この男は寝不足の身体を引き摺ったまま、見たくもない映画を付き合う気だったのだ。
それがバレれば、今度は強引に誘った自分を責めさせまいと、「俺の勝手だ」と無愛想に言い放ったり
したのだ。



余りの不器用さに、眩暈がしてきた。何だか可哀想な気にすらなった。
絶対、こいつの言う事は最後まで聞いてやらなきゃ、と固く固く決意した。
何かもう、それが自分の使命にすら思えてきた。

だってこんな奴、見たことねぇもの。

こんな優しい、こんな不器用な奴、見たことねぇもの。
俺はそれに、気づいちまったんだもの。
立ち尽くすスコールの顔をじっと見詰めた。ニッと笑顔全開で笑いかけた。
「・・・分かってるって!でもさ、今日はもう帰って寝ろよ。んで明日、また一緒に観に来ねぇ?」
「・・・・だってお前、もう観ただろう・・・?」
「や、でもすげぇ面白かったし!も一回観てもいいよなーって。て言うか観てぇし!」
や、マジで、ほんとマジで、とブンブン手を振り回して訴えた。
「・・・・分かった。ごめんな。寝たりして、悪かった。」
スコールが照れたように微笑んで言う。そのはにかんだ笑顔に、胸がぎゅっと締め付けられた。
もし、「運命の出会い」ってもんが男同士でもあるなら、それがこれだと思った。こいつの笑顔の為なら、
俺はきっと何でもする。そう思った。



それなのに。



目尻にまたじわりと涙が浮かんできた。
なのに、何時の間にか自分は嫌われていた。スコールに、明らかに避けられるようになっていた。

最初は、気のせいだと思った。
スコールの眼が、自分から逸らされるようになったのを。
だって、確かに視線は感じていたから。二人で何する事もなく、ベッドに寝そべりながらテレビを見ている
時なんか、スコールが時折じっと自分を見ているのを感じていたから。
だから、なぁなぁこいつうけねぇ?と笑いながら袖口を引っ張ったりする時に、そうだな、と言いながら、
さり気なく視線を外されるのを、気のせいだと思っていた。


だけど、その回数はどんどん増えていった。


よく鈍感だと言われる自分が気づくくらい、その視線の逸らしぶりはあからさまになった。
そして同時に、スコールはどんどん笑わなくなった。たまに見せる笑顔は、どこか仮面のように硬く
無機質だった。
それは、気の置ける友達に見せる笑顔ではなかった。
むしろ、何かを隠す笑顔だった。用心深い獣が、全身で警戒しているような。僅かでも自分の
匂いを気取られまいと、息を殺して隠れているような。
そんな張り詰めた笑顔だった。

どうしていいか分からなかった。
なんでそんな事になったのか、全然見当もつかなかった。だから、それを元通りにする方法も分から
なかった。
一縷の希望を賭けて、あいつ最近、変じゃねぇ?とキスティス達に聞いて回った。あの余所余所しい
態度は、自分に対してだけじゃないと思いたかった。
けれど、返ってきたのは、否定の言葉だけだった。
むしろ、その逆だと言われた。キスティスに言わせれば、最近のスコールは、かつての無愛想ぶりが
嘘のように、気さくに、進んで任務を引き受けてくれるらしい。
泣きたくなった。それなら、やっぱり原因は自分なのだ。あの張り詰めた仮面のような笑顔は、自分に
対してだけだったのだ。


どっぷりと落ち込みながら考えた。
多分、自分の何かがスコールの勘に触ってしまったのだろう。
考えてみれば、思い当たる節が無くもない。煩くて、暑苦しいくらいの熱血漢で。物静かなスコールを、
やたらと遊びに誘い出して。本当は、スコールはそれをずっとうざがっていたのかもしれない。
優しい男だから、ぎりぎりまでそれを我慢してたのかもしれない。それが、ついに耐え切れなくなった
のかもしれない。
目の前の事実に、心臓が刃物で刺されたように痛んだ。
俺はスコールに、嫌われちまったんだ。




そんな時、久々に見てしまったから。
スコールのあんな顔を、久々に見てしまったから。
「・・・・あれ?」
執務室で自分の備品リストを眺めていたスコールが、思わず、と言った風情で漏らした言葉。
どうした、と問い掛けると、スコールはその秀麗な眉を顰めながら「竜の牙が足りない」と一言呟いた。

多分、忙しすぎるのだと思った。
普段のスコールなら、アイテムの補充を切らすような真似は絶対しない。だけど、ここ最近のスコールの
忙しさは普通じゃかった。それは傍から見ている自分にも分かった。出発は早朝で帰りは深夜。たまに
一日いるかと思えば、朝から晩まで執務室にこもって書類処理。それじゃアイテムだって切れるはずだ。
「・・・・困ったな・・・・」
スコールが小さな溜息をついて呟く。思わず顔を上げた。それは久々に聞いた、繕う事の無い、スコールの
心からの声に思えた。本心からの、素直な困惑の表情に思えた。
その顔を、見てしまったものだから。


笑ってくれるかもしれない、と思ったのだ。
明日、スコールが帰ってきた時、自分が竜の牙を差し出したら。
そうしたら、また笑ってくれるかもしれないと思ったのだ。
いつもの取り繕った笑顔じゃない。前みたいな、あの嬉しそうな笑顔で。あのはにかんだ、優しい笑顔で
自分に笑いかけてくれるかもしれない。
そう、思ってしまったのだ。




俺、アイテム獲りに行ってくる、と友達の一人に言付けると、友人はひどく驚いた顔をした。
でも、これから雨降るって言ってたぜ?と咎めるように聞いてくる。
「うん。でもさ、急ぎだから。」
「急ぎ?何でよ?」
「うーん。・・・あのさ、ちっとこれ内緒して欲しいんだけど、実はスコールにやろうと思って。」
「は?スコール?」
友人が眉を顰めて聞き返す。
「スコール、竜の牙切らしてるみてぇでさ。ほら、あいつ忙しいし。俺、替わりに獲ってきてやろうと
思って。また直ぐ任務に行くだろうし、早く補充してやんなきゃな!」
意気揚揚と説明すると、何故か友人は露骨に嫌な表情になった。その嫌な顔のまま、吐き捨てるように言う。
「・・・ゼル。お前、ちょっとおかしいんじゃねぇの?」

「え・・・・?」
憤懣やるかたない、といった風情で友人が一気に詰め寄ってくる。
「お前、この間まですげー落ち込んでたじゃん。俺、スコールに嫌われたかなぁ、とか言ってさ。大体、俺等元々
すげぇ心配してたんだぞ。あっちはただ、お前の事単なるパシリくれぇにしか思ってねーんじゃねぇの?って。
なのに、なに自分から利用されに行ってんの?お前の事嫌ってるっつうスコールに、そこまでしてやる理由は
何な訳?」
「・・・・り、理由って・・・・」
思い切り顔を顰めた友人が投げつけるように言う。
「変だよ。お前それ、変だろ。おかしいだろ?自分で思わねぇの?普通そこまでしねぇよ。」
「・・・そ、そっかな。・・・や!でも、ま!俺とにかく行ってくっから!」
思いがけない友人の怒りを振り切るように、くるりと背中を向けて駆け出した。その背中を追いかける
ように、友人の怒った声が廊下に響き渡る。
「ゼル!!ちょっと自分の行動振り返って、よく考えてみろよ!!お前、ぜってぇ変だから!!!」





・・・・そんで、このザマだもんなぁ・・・。


ゼルがまた溜息をつく。
何が悪かった、と言われれば、多分全部が悪かった。
降り出した雨が思いの外激しくて、視界が全く利かなくなった。月の雫の影響で、以前よりずっとモンスター
が手強くなっていた。自分の心に、早く仕留めなければという焦りがあった。
その全部が、自分を崖から滑り落とさせた。途中打ち付けられた岩に、足首を赤黒く腫れさせた。
その傷を治療する薬を、どこか遠くに飛び散らせた。
あー。俺ってつくづく馬鹿。
そう自嘲しながら、這うようにして大木の根元に身体を引き摺っていった。その幹に背中を凭れて、
しみじみ自分の馬鹿さ加減を呪った。取り合えず、今はただ座ってるしかない。それで、暇にまかせて
今までの事を考えていたのだ。



・・・・て言うか俺、明日まで生きてられっかな。


回想を終えたゼルが、ぼんやりと思う。
雨が降ってて、動けなくて、周り中モンスターがうようよしてて。ご丁寧に血の臭いまで漂わせて。
どーぞ食っちゃって下さい、って感じだよな。しかも、結局竜の牙取れてねぇよ。
情けなさの余り、はは、と力無い笑いが漏れた。掌の付け根で目元をごしごしと擦って思った。
せめてさぁ、竜の牙くれぇあれば良かったのに。
俺の死体から竜の牙が見つかったら、それなら最後の最後であいつの役に立てたのに。
あいつが俺の事、また好きになってくれたかもしれねぇのに。


そう思うと、もう涙を止める事が出来なくなった。次々に流れ落ちる涙に、息をする事も難しく
なった。
スコール。
スコール。俺、変なんだってよ。俺、おかしいんだってよ。


スコール。そうなのか。
この感情は、変なのか。だからお前、俺に笑ってくれなくなったのか。
俺が変だから、お前、俺を嫌いになったのか。



変なら、駄目か。



震える拳で両目を覆った。冷え切った頬に流れる涙の熱さに、ガチガチと身体が震えた。
スコール。変なら駄目か。
変なら、お前の笑顔を望んじゃ駄目か。
お前に笑って欲しいと、思っちゃ駄目か。
お前に嫌われたくねぇって、思っちゃ駄目か。



でも、スコール。
それが俺の真実だ。
変でもなんでも、それが俺の真実だ。誰に笑われても、それが俺の本当だ。
スコール、変か。
こんな気持ちは、そんな感情は、あり得ないか。


止まらない涙に、眼を開ける事が出来なくなった。激しい雨に、しゃくりあげる自分の声が
みるみる掻き消されていく。
その雨の中で、泣きながら思った。



スコール。
それなら、お前がこの感情に正しい名前を付けてくれ。
胸が千切れるような、この痛みの。
泣き叫ぶようなこの痛みの、正しい名前を教えてくれ。










END
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